コンビニやファミリーレストランなど身近なところで外国人を見かけることが多くなっています。今や外国人なしでは日本の経済や医療、介護その他多くの分野で社会が回らないところまで来ています。しかし市井の方々の受け入れは進んでいるとは言い難く、日々病院に出かけて通訳業務を行っている通訳さんが、予想外の嫌な思いをしてはいまいかと危惧するこの頃です。
耳慣れない外国語が聞こえてきただけで拒否反応を示す人もいるでしょう。異物を排除しようとする人間の行動はさしておかしな行動ではなく、それは人間の生理にかなっています。もちろん、自分の文化や感覚を大切にすることは大事なことですが、そこにとどまらず、もう一歩進んで相手も同じように感じているのだと想像する力を持っていたいと思います。大局的に見ることが出来る余裕を持っていなければ、ただの食わず嫌いになってしまいます。カップルが赤ちゃんを授かったときの喜び、深刻な病気を告げられた時の衝撃、つらい治療を乗り越えられるだろうか、という恐怖や不安や孤独感、どれも人間として感じる心の動きであり、人種により大きな差はありません。大きな波もあれば小さな波もあると思いますが、それを共に受け取り、共感してくれる存在が医療通訳者でもあります。外国人の日本での生活を支えている大きな支柱の一つになっている、と思っています。診察内容だけならAIによる説明で済むかもしれませんが、人間とはそんな単純なものではありません。「あなたは肺がんです。ステージ4です」と翻訳機や電話の向こうにいる人に告げられたい人がいるでしょうか? 同じ空間で、同じ空気を吸い、同じ雰囲気のなかでお互いの息遣いを感じながらのやり取りが、やはり真のコミュニケーションであり、納得のいく医療の形だと思うのです。
同じことを聞くにしても、どこで、どのように、誰から聞くのか。事実は一つとしても、受け取る患者にしてみれば大事なことです。患者は驚くほど医師の一挙手一投足に注目しており、そこから何事かを、あるいは隠されているかもしれない本当のことを探ろうとしています。一方医師も患者が診察室に入室してから出ていくまで、あらゆる反応を観察しています。一人の人間の人生の一場面に参加させていただき、その重要な決断に関わらせて頂くことに、通訳者として、深い責任を感じ、身の引き締まる思いがしています。
医療通訳者の倫理のひとつである「正確性」つまり「何も足さず、引かず、変えず」は正しい行動規範です。それは守らなければならない大原則ではありますが、場面によってはもう少し踏み込まなければならないこともあると感じています。その辺りのさじ加減をうまく操作できるようになって初めて、ベテラン通訳と呼ばれるにふさわしい。それこそが医療通訳者の真の高度なコミュニケーション能力ではないか。そしてこれは研修で学んだり、そのノウハウを教えたりできるものではない。経験値の高い、自覚的かつ勘の研ぎ澄まされた通訳者のみが勝ち取ることの出来るスキルだと思います。100症例あればそれらのケースはすべて一つ一つが異なる100例です。一つとして同じケースは存在しません。なぜならその一つ一つのケースに「人間バイアス」がかかっているからです。偏りという意味ではなく、その場にいて関わっているすべての人のこれまで歩んできた人生そのもの、人間性が反映されるという意味です。「人間バイアス」がかかっているからこそ、その時の通訳はその時にしか存在しない、替えの効かないやり取りになります。
ところが残念なことにこのコミュニケーション能力は実はあまり評価されることはありません。粛々と進む通訳場面で通訳者がそのような役割を果たしたとしても、誰も気が付かないもしれません。評価されないのは、それを視覚化したり、数値化したり数量化できるような尺度やスケールがないからです。言語能力の評価は簡単ですが、それだけで医療通訳者の質を断定するのは違うと思います。一方、評価されないことを通訳者自身が残念に思っているかどうかは不明です。おそらく、不満には思っていない。意識せずやっていることも多々ありますから。 通訳者自身の本来の性格や研究心、向上心にもよるとは思いますが、教えてできるようになるものではなく 経験を積み重ねた先輩通訳の話を聞いたり、症例をシェアすることで徐々に身につけていくしかないと思います。そしてまさにこの部分があるからこそ、AI通訳は生身の人間通訳を凌駕出来ないと思うのです。介入を含め、ちょっとした間や言葉の選びかた、使い方、声の調子や視線の向け方など、あまり重要でないと思われる部分も含めての医療通訳者なのです。
これからも思ってみなかったような時代がやってくるでしょう。柔軟な広い心を持って生きていきたい、と思っています。とりあえず、はやくドローンが身近になって 買い物を頼めるようになったらいいなあ・・・。(Y.Y)

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